研究課題
超伝導などの新規材料探索・物性測定及び人工知能(AI)の物理学への応用
キーワード
固体物理、物性実験、超伝導、新材料、人工知能(AI)、機械学習、強相関電子系、トポロジカル物質
研究の背景
あらゆる物質は周期表にある元素の組み合わせで出来ています。その組み合わせは無限にあり未発見の物質も数多く存在します。そのなかには人類に有用な物質も含まれているはずです。例えば超伝導物質は次世代のエネルギー材料として期待されています。超伝導物質は温度を下げていくと超伝導状態が発現し、物質に普遍的に存在する電気抵抗がゼロになるのです。我々が普段使っている電気は発電所から各家庭に送電されます。送電には電気抵抗が少ない銅が使われていますが、それでも無視できないほどの電力が消費されています。我々の家庭に届くまでに発電された電力の6%が失われているのです。これを超伝導に置き換えることで膨大な電力を節約できると期待されています。他にも蓄電池や低消費電力デバイスなど幅広い応用が期待されています。しかし、超伝導現象はマイナス138℃以下の低温でしか発現しません。この温度を室温まで上げることが超伝導研究の最終目標です。超伝導は1911年に発見されましたが、以来室温超伝導を目指して現在も研究が続いています。ほかにも太陽光電池、熱電材料、量子デバイスなど人類に有用な物質は多岐にわたりますが、性能が足りずに新物質の発見が待たれているものは多くあります。
組み合わせが膨大にある新物質探索ですが、これまでは経験や理論的な予測を頼って探索が行われてきました。しかし、まだ室温超伝導は見つかっていません。そこで、近年急速に進化しているAIを応用し、新しい物質や物性を創出することが本研究室のメインテーマです。
研究の狙い
本研究室の特色は近年急速に性能を高めている生成AIの技術を物理学に応用することです。2024年のノーベル物理学賞がAIの基礎理論を考案した物理学者に贈られたように、物理学とAIは近い分野なのです。現在主流のAIは確率計算を基礎としています。一見AIは高度なプログラムのように感じられますが、実はその逆で数値計算によって確率を算出するものなのです。AIに「日本一高い山」と尋ねたときに「富士山」と答えるのは、あらかじめプログラムされているからではありません。たくさんの文献を学習したAIは「日本一高い山」という単語に続く文字列として一番確率が高いとして計算された「富士山」を出力しているのです。これは確率で物質の性質を議論する現代物理学と同じことをしています。シュレーディンガーの猫の話などで有名ですが、量子力学では確率を取り扱います。物質の性質を扱う量子統計力学は確率を用いて物質の性質を取り扱いますが、これは前出のAIとやっている事が似ています。実際、AIの分野では物理学から導入された概念が多く存在します。一方で、AIを物理学へ応用するという研究はほとんど進んでいません。本研究室ではAIを物理学に再帰させ、新しい研究手法として導入することを目指します。
目標と戦略
GoogleのAI関連会社であるDeepMindはAIを用いて、既知の物質の10倍にあたる約220万種の新物質を予測しました。この中には人類に有用な物質、新規超伝導体が含まれている可能性がありますが、全てを合成して超伝導になるかどうかを試すことはできません。この中から、どの物質が有用なのかを判別するAIが必要になるわけです。AIによって超伝導になりそうな物質に目星を付け、実際に合成して超伝導になるかどうかを判別します。人類にとって有用な物質は超伝導だけではなく、太陽電池、熱電材料など多岐にわたりますから、他の系についても探索します。
ではAIはどのように作るのでしょうか?
AIの元になるのは人間の脳を模したニューラルネットワークです。これはノーベル物理学賞の受賞理由にもなっています。ニューラルネットワークとは複数のニューロンが連鎖的に計算を行うことで答えを導き出す方法です。あらゆる事象を数値化し、ニューロンを通るごとに計算を行い、最終的な結果にたどり着くように設計されています。これだけではAIはただの計算機で、ここに学習をおこなうことでAIとしての能力を得るのです。超伝導研究は100年以上前から続いているので、先人達が残した膨大なデータベースがあります。どのような物質が超伝導になって、どのような物質がならないかというデータベースです。例えば身近にあるアルミニウムは1K(-272℃)で超伝導になります。一方で銅は超伝導にはなりません。このようなデータベースをAIに学習させます。すると、未知の物質においても超伝導になるかどうかを判別するAIを作ることが出来るというわけです。どのようなAIを設計するかといった課題やデータベースをAIがわかりやすい形に変換するという課題があり、これは挑戦的なテーマです。
目星を付けたら実際に合成してみます。物質の合成はただ材料となる元素を混ぜて溶かすだけでは出来ません。溶かす温度・圧力・配分などが最適にならなければ合成できないので、合成条件を見つける事が重要になります。実際に物質が出来たかどうかはX線回折測定などを用いて原子の並び方などを調べ、目的の物質が合成されたかを判断します。さらに、人類にとって有用な性質を持っているかどうかを測定するために、電気抵抗・帯磁率・比熱測定などを用いて超伝導になるか?
などの性質を探っていきます。試料の合成は研究室で行いますが、他の測定は学内外の施設を含め様々な場所で行います。
更新日: 2025/05/17